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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)24号 判決 1973年10月31日

控訴人(被告) 東京都固定資産評価審査委員会

被控訴人(原告) 小島英吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は左記を附加するほかは原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は次のとおり述べた。

(一)  固定資産評価審査委員会における審査は、固定資産の評価が適正であるかどうかを審査する手続であるが、それは職権主義を基調とする行政機関による審判手続であつて、書面審理を建前とするものである。そして委員会が固定資産の登録価格の当否を判断するに当つてもつとも重要なことは、その価格が地方税法三四一条五号に定める「適正な時価」に相当するものであるかどうか、それを上廻るものでないかどうかを調査することである。その価格が自治大臣の定める固定資産評価基準に基き、誤りなく算定されているかどうか、また他の固定資産の登録価格との均衡がどうかを調査することは、それらが結局登録価格が適正な時価に相当するものであり、あるいはそれを上廻るものでないことを判断するために必要な資料となるという点において、重要性を有するにすぎない。

ところで、右審査手続について審査申出人の申請があれば、口頭審理を行なうことになつているが、それは書面によつて十分尽せなかつた審査申出の理由を口頭で述べる機会を与えるとか、あるいは口頭陳述により申出の真意を正確に把握する等書面審理を補うために認められているものというべきである。したがつて、申請に基いて口頭審理を行なう場合においても、民事訴訟手続に準じた口頭弁論方式による必要はないのであり、また口頭審理を通じてのみ攻撃防禦の方法を尽くさしめるということも要請されてはいないのである。そして固定資産評価委員会は口頭審理の方式により審査を行なう場合においてもその機会に審査申出人の口頭による不服事由を十分聴取し、それを登録価格が適正な時価に相当するものであるかどうかの判断の資料に供すれば足りるのであつて、口頭審理が行なわれた場合には委員会はつねに審査申出人に対し登録価格について評価の根拠、計算方法等価格決定の理由を明示すべき義務があるということにはならないのである。

(二)  かりに口頭審理を通して固定資産評価の根拠計算方法等を明らかにする必要があるとしても、評価の根拠、計算方法等が明示されなかつたために申出人が評価に対する不服事由を明らかにすることができないで、審査申出の利益を害されたというような事情が特に認められないかぎり、単に、口頭審理にあたり申出人に対し評価の根拠計算方法が示されなかつたというだけの理由では、審査決定それ自体を違法なものとして取り消すことはできないものというべきである。

被控訴人の本件審査申出の理由は、当初は、「本件土地を売るために所有しているのではないから、売買実例価格で評価するのは全く根拠がないこと、地代、家賃の値上げを招く新評価は不当であること、売買実例価格はあくまで推定であり、仮定であるからそのようなものによつて評価するのは法治国のやるべきことではないこと、土地以外に財産や収入のないものに固定資産税を賦課するのは私有財産制度の否定であること」等きわめて抽象的な事由であつたし、その後口頭審理の際に「道路の巾が六尺で車の通行も不能でありその上建築にも制限を受けている。このような土地について評価上何らかの斟酌がなされないのは不当である」という主張が加えられるに至つたが、いずれにしても評価の根拠、計算方法等が示されなかつたために被控訴人の審査申出の事由の主張になんらかの支障を与えたということは認められないのである。

理由

一、原判決一三枚目表二行目より一四枚目表一〇行目「を与えたものであるが、」までを、ここに、引用する。(但し、一四枚目表三行目中「知識、経験を必要とし」とあるのを「知識、経験を必要とする一面」と改め、同一〇行目中「与えたものであるが」とあるのを「与えたものである。」と改める。)

二、この制度の趣旨(引用にかかる原判決説示の審査請求制度、とくに口頭審理制度の趣旨)にかんがみれば、審査請求者の申請により口頭審理が行なわれる場合には、委員会は、自らまたは処分庁(東京都知事)を通じて最少限度、この口頭審理の手続において、審査請求者が評価に対する不服事由を特定し、明らかにするために合理的に必要とされる範囲で評価の根拠、方法、手順等を了知できるような措置をとるとともに、この手続においてかようにして明らかにされた不服事由につき審査請求者に反論の主張、立証の機会を与えるべきものであり、委員会がこれらのことを怠るときは、その審査手続は、公正を欠くものとして、違法となるものと解すべきである。

けだし、法が第三者機関を設けて審査に当たらせる趣旨は、審査手続にできるかぎり対審的・争訟的構造を取り入れることによつて、その手続を公正なものとすると同時に、審査請求者の権利の救済を全うしようとするにあるものと解される。ところが、固定資産の評価は、法第三八八条以下及び固定資産評価基準(本件については、自治省告示昭和三八年第一五八号)の定めるところに従い、複雑な、しかも計算を含む手順を経て行なわれるものであつて、納税者としては、固定資産課税台帳を閲覧して評価額を知り、その額に不服を抱いたとしても、いかなる根拠と計算によりその額が決定されたかは、通常、ほとんど、これを知りえないのみならず、不服のある納税者は、右台帳閲覧後、限られた短期間内に審査請求の申出をすることを要求されているのである。従つて、法が審査手続に対審的・争訟的構造を取り入れることによつて権利の救済を全うしようとした趣旨に添うためには、委員会において、自らまたは処分庁を通じて、審査請求者が評価に対する不服事由を明らかにするために合理的に必要とされる範囲で、評価の根拠、方法、手順等を了知できるような措置をとるべきものであつて、この措置がとらるべきことは、審査請求者の申請により口頭審理が開かれる場合であるかどうかにかかわらず、およそ、審査手続に対審的・争訟的構造が取り入れられたというための、必要最少限度の要請というべきである。

そうして、法が審査請求者の申請があつたときは、特段の事情がある場合を除き、必ず、口頭審理が行なわるべきものとする趣旨は、この申請があるかぎり、対審的手続が正に口頭審理の方式により行なわるべきことと同時に、口頭審理の方式により、申請人に主張・立証の機会を与うべきことを要求する趣旨と解されるので、申請に基づき口頭審理が行なわれる場合には、前記の措置が正に口頭審理の手続において行なわるべきものであると同時に、この措置により明らかにされた不服点について、口頭審理の手続において、審査請求者に反論の主張と立証の機会を与えるべきものであつて、これらのことの行なわれない口頭審理の手続は、法が手続の公正を期するため要求する最少限度の要請を充たさないものとして、違法な手続といわねばならない。

もつとも、法が審査手続に対審的・争訟的構造を取り入れたとはいえ、これにより審査手続の行政救済手続としての性格がまつたく失なわれたとは解されず、行政救済手続は、本来簡易、迅速、かつ、方式にとらわれない手続により救済の実をあげることを特質とするものであるから、申請により口頭審理が開かるべき場合においても、民事訴訟におけるように、当事者を対等の立場に立つ対立当事者として、口頭審理を通じてのみ攻撃、防禦を尽させるという意味における、厳格な口頭審理方式を貫徹することは、かえつて、行政救済手続の特質を阻害することとなるので、かような、厳格な、徹底した意味での口頭審理方式をとることは、手続の本質からも、法令上からも、必ずしも要請されていないものと解するのが相当である。

従つて、申請に基づき口頭審理が開かるべき場合においても、これとは別に、委員会が職権で調査を行ない資料をしゆう集し、その調査の結果ないししゆう集された資料に基づき、審査請求者の申立を容認する決定を行なうことは、なんら妨げられないものと解すべきである。しかしながら、口頭審理外で行なわれた調査の結果ないししゆう集された資料に基づき直ちに審査請求を棄却(全部若しくは一部を棄却)する決定をすることができるものとすれば、申請があるかぎり原則として口頭審理を行なうべきものとする法の趣旨は没却されることになるので、かようなことの許さるべきでないことは当然である。

従つて、委員会が口頭審理外で行なつた調査の結果ないししゆう集した資料に基づき、審査請求の全部若しくは一部を棄却する決定をするについては、必ず、一旦、これを口頭審理において申請人の批判にさらし、反論の主張立証の機会を与えるべきものであつて、この手続を省略して、これを直ちに審査請求の全部若しくは一部を棄却する決定の判断資料とすることは許されないものと解するのが相当である。

たとえば、申請に基づき口頭審理が行なわるべき場合においても、委員会が、これとは別個に、職権で現地調査を行なうことは妨げられない(審査請求者の申立により現地調査を行なう場合でないかぎり、必ずしも、請求者に立会の機会を与えることは要求されていないものと解される。)が、その調査の結果を審査請求の全部若しくは一部を棄却する判断の資料とするためには、この調査の結果を口頭審理の手続に上呈し、反論の主張・立証の機会を与えた上でなければならないものと解すべきである。

そこで、進んで、本件審査手続が実際にどのような状況で行なわれたかを証拠に基づき検討してみるに、成立に争いのない乙第一、二、三号証、同第四号証の一、公文書として真正に成立したものと推定すべき同第四号証の二、三、原審証人中村重治、同村島昭男の各証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果(但し右各証言及び本人尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)を合せ考えれば、本件審査手続の実情は、概略、次のようであつたと認められ、前記各証言及び本人尋問の結果中この認定と牴触する部分は採用しがたく、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  被控訴人から昭和三九年四月三〇日付で「審査申出書」(乙第四号証の一)が提出されたが、これには、控訴人主張のような抽象的な不服事由が記載され、地方税法第四三三条により口頭審理を請求する旨の記載があつた。

(2)  委員会の求めにより東京都知事(具体的には、東京都荒川税務事務所係官)から答弁書が提出されたが、その内容は、評価額は地方税法及び固定資産評価基準(自治省告示昭和三八年第一五八号)に従い適法に評価、算定されたものである、という程度の抽象的な理由の記載があるに過ぎず、委員会は、答弁書の写を被控訴人に送付する必要はないとの判断の下に(東京都固定資産評価審査委員会規程第一五条第二項)、送付の手続をとらなかつた。

(3)  口頭審理開始前である昭和三九年五月一九日、委員会の構成員である中村重治委員は、東京都荒川税務事務所係官の立会の下に現地調査を行なつたが、被控訴人はこれに立会の機会は与えられなかつた。

(4)  口頭審理は、昭和三九年五月二一日、中村重治委員外二名をもつて構成する委員会(東京都固定資産評価審査委員会土地部会)の担当で行なわれ、関係当事者として被控訴人と荒川税務事務所の係官二名とが出席したが、席上、前記答弁書の写を被控訴人に手交することも行なわれず、また、この答弁書に基づく評価の根拠理由の説明も行なわれることなく、委員会の側から「審査申出書」記載の不服事由以外に何か言分があれば忌憚なく申し述べられたい旨の発言があり、これに対し被控訴人より、(イ)同人所有の本件土地の沿接道路の幅は六尺であつて自動車の通行が不可能である上に、建築基準法により建築制限を受けるので、かような事情は評価上しんしやくさるべきである旨及び(ロ)右土地のうち道路沿いの三尺幅の部分が道路敷に提供されているのでこの事実もまた評価上しんしやくさるべきである旨の主張があり、これに対し委員会は、本日口述されたところ及び申出事由につき慎重に審議しその結果を通知する旨を告げて、口頭審理を終了したが、この間口頭審理に費された時間は五分程度であつた。

(5)  なお、委員会は前記(3)の現地調査の結果等により本件土地のうち一尺幅程度の部分が道路として使用されているとの認識をもつていたが、調査の結果を口頭審理に上呈して、被控訴人に反論の主張・立証の機会を与えることはしなかつた。

以上認定の事実によれば、制度自体の攻撃にわたるような、抽象的な不服事由のほかに、口頭審理において、前記(4)の(イ)(ロ)のような具体的事実に関連する不服事由が述べられていたことは明らかである。してみると控訴人委員会としては、標準地がいずれの土地であつて、その評価額がいくばくであり、その沿接道路の幅がいくばくであつたか、これと比較して、本件土地につきどのような基準、事情により評価額が決定されたか、建築制限があることないし道路敷として提供されている事実は評価上しんしやくされたかどうか、しんしやくさるべきものでないとすればその理由等について、委員会自らまたは出席の東京都係官にこれを説明させ、不服の争点をいつそう明確、具体的にする措置を講ずるとともに、かようにして明確となつた争点について被控訴人に反論の主張立証の機会を与えるべきであつたというべきである。ことに控訴人委員会は、職権による現地調査の結果等により前記(ロ)点につき被控訴人の主張と異なる認識をもつていた(前掲中村証人の証言によれば、この認識が本件審査決定の一つの資料とされていたものと認められる。)のであるから、これを一つの資料として審査請求を棄却する決定をするためには、口頭審理に調査の結果を上呈し、被控訴人に反論の主張、立証の機会を与えるべきであつたというべきである。そうして、これらのことにつき適切な措置がとられたとすれば、控訴人委員会の審査決定は、異なつた結論に到達する可能性もありえたものと認めざるをえない。

ところが、本件審査手続においては、以上に指摘したようなことは、なんら行なわれず、かえつて右手続の実態は、いわば、審査請求者の陳情を聴く手続に等しい実質をもつに過ぎなかつたものと認められる。

してみると、控訴人委員会の審査手続は、「口頭心理の手続において、審査請求者が評価に対する不服事由を特定し、明らかにするために必要とされる範囲で、評価の根拠、方法、手続等を了知できるような措置をとるとともに、この手続において、かようにして明らかにされた不服事由につき審査請求者に反論の主張・立証の機会を与えるべきである」のになんらこのような措置をとつていない点および、職権による調査の結果を口頭審理に上呈して相手方の批判にさらすことをしないでこれを審査請求を棄却する判断の資料とした点において、法の要求する公正な手続としての要件を充たさない、違法のものというべきである。従つて、控訴人委員会のした審査決定は、爾余の争点の判断に立ち入るまでもなく、すでに、この点において取消しを免れないものである。

三、してみると、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないこととなるので、民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 杉山孝 川上泉)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

被告が昭和三九年六月一五日付でした原告の納付すべき同年度の固定資産税に係る東京都荒川区町屋二丁目一〇番七宅地四四・七五坪(一四七・九三平方メートル)の固定資産課税台帳に登録された価格についての原告の審査申出に対する棄却決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

主文と同旨の判決

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二原告主張の請求原因

原告は、東京都荒川区町屋二丁目一〇番七宅地四四・七五坪(一四七・九三平方メートル)の土地登記簿にその所有者として登記された同固定資産に関する固定資産税の納税義務者であるが、その納付すべき昭和三九年度の固定資産税に係る右固定資産につき東京都知事により決定されて固定資産課税台帳に登録された価格一二三万四、一二〇円に不服であつたので、昭和三九年四月三〇日被告委員会に対し審査の申出をしたところ、被告委員会は、同年六月一五日付で該審査の申出を棄却する旨の決定をした。

しかし、右棄却決定は、左に述べる理由によつて違法である。すなわち

(一) (根拠法条の違憲性)

地方税法三四二条一項(七三四条一項)は、都に対して固定資産税の課税権を付与し、同法三四三条は、固定資産の所有者に対して、その所有目的の如何を問うことなく、一律に固定資産税の納税義務を課し、しかも、同法三五〇条は、標準税率一〇〇分の一・四なる比例税率を定めているが、かかる大衆課税は、居住の目的のみで土地、家屋を所有しているにすぎない低所得者の実質的収入を著しく低減せしめ、その健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を奪うものであり、また、同法三四九条の三ないし五は、大規模償却資産に対する課税標準等の特例を設けて、一般の固定資産の課税標準等に比し大幅な軽減を図つているが、これは、明らかに差別的な取扱いであるので、これらの規定は、憲法二五条、一四条に違反し、無効であるというべきである。

(二) (手続法上の瑕疵)

(1) 被告委員会は、その口頭審理において原告から登録価格決定の根拠ないし関係資料を明示すべき要求があつたにもかかわらず、これに応ぜず、また、現場調査にしても、申請人たる原告に対して、立会の機会を与えることなく、都関係者のみの立会によつて行なわれたにすぎない。さらに、被告は、口頭審理において、都知事の提出した答弁書や現場調査の調書等の写を原告に送付せず、関係書類の口頭審理への上程さえしなかつた。

(2) 本件棄却決定には、「固定資産の価格を決定するにあたつては、地方税法第四〇三条により、固定資産評価基準(昭和三八年一二月二五日自治省告示第一五八号、以下同じ。)によつて行なうものとされ、この基準には土地の価格は売買実例価格から評定するものとされている。」との理由が付記されているが、かかる理由は、単に前記土地の価格が法律の規定に従つて評価されたというにとどまり、評価の具体的根拠を示すものでないから、本件棄却決定は、理由の付記を欠くものというべきである。

(3) 原告の審査申出の過程において、都の担当職員が原告の固定資産課税台帳の縦覧を妨害したり、審査申出用紙の交付申請に容易に応ぜず、また、登録価格決定理由の開示を拒否する等の違法行為が存在していたにもかかわらず、本件棄却決定は、かかる違法行為を看過してなされたものである。

(三) (実体法上の瑕疵)

東京都知事の行なつた前記土地(固定資産)の価格の決定は、自治大臣の定めた固定資産評価基準により、予め付設された評点数に標準宅地の売買実例から評定された時価を基礎として算出された評点一点当たりの価額を乗じて求められたものであるが、評点一当たりの価額算出の基礎となる標準宅地の時価の算定は、所詮、固定資産評価員の恣意的な推計によらざるを得ないので、その客観的合理性は保ち難く、現に、本件で参考にされたという三つの売買実例も、その選定がいかなる基準によつてなされたかは不明であるばかりでなく、その調査も十分に行なわれず、不正常と認められる要素の控除や固定資産評価の立場からみての減算等もなされておらず、これによつて算出された標準宅地の時価は、不当に高いものとなつているので、前記土地の価格は到底、同法三四一条五号所定の「適正な時価」とはいい得ない。

このことは、荒川区の幹線道路に面し、間口、奥行ともに広くて利用価値の大である東京電力株式会社所有の尾久変電所の敷地や旭電化工業株式会社の敷地等大企業の所有する土地の価格と比較すれば、極めて明らかである。そればかりでなく、もともと、適正な時価を一率に売買実例価額に求めることは、固定資産を売却のためではなく、原告のように居住のために必要最少限において所有している者にとつては、憲法の保障する最低限度の生活をすら脅かす結果となり、また、法律の改正なくして、今回のごとく固定資産の評価基準のみの変更によつて一挙に従前の六倍にも及ぶ価格の決定を行なうことは、租税法律主義に違反するものというべきである。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実のうち、口頭審理の手続が法の規定に違反してなされた点は、すべて否認するが、その余の主張事実は、いずれもこれを認める。

(一) 地方税法三四二条、三四三条、三五〇条および三四九条の三ないし五は、いずれも、固定資産税の賦課処分に関する規定であるが、本訴は、固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格の適否を争う訴訟であつて、固定資産税賦課処分そのものの取消しを求めるものではないから、右各規定の違憲、無効をいう原告の主張は、排斥すべきである。

(二) 原告の審査申出の理由は、「原告は本件土地を売るために所有しているのではないから、売買実例価額で評価するのは、全く根拠がないこと、地代や家賃の値上げを招く新評価は、不当であること、売買実例価格はあくまで推定であり、仮定であるから、そのようなものによつて評価するのは、法治国のやることではないこと、土地以外に財産や収入のないものに固定資産税を賦課するのは、私有財産制度の否定であること」等極めて抽象的な事由にすぎなかつたが、被告委員会は、直ちに価格決定の経緯について調査を行なうとともに、土地の実情を知るため昭和三九年五月一二日現地に赴いてその位置、形状、面接する道路の幅員、附近の土地の価格との均衡、交通機関等との近接状況等を調査し、同年五月二一日文京税務事務所会議室において口頭審理を行ない、その際、原告の陳述によつて、原告の不服の具体的理由は、原告所有地の面する道路の幅員が六尺(一・八一八メートル)であつて車の通行は不可能であり、そのうえ、建築制限も受けているので、評価にあたつてこれらの事情を斟酌しなかつたのが失当であるという点にあることが判明するにいたつたので、被告委員会は、同月二七日前記調査による資料、東京都荒川税務事務所長の提出に係る報告書等に基づき、原告の不服の具体的理由も検討した結果、東京都知事の決定した価格が適正であると認め、本件棄却決定に及んだのである。

(三) およそ、固定資産税の対象となる宅地の評価は、自治大臣の定めた固定資産評価基準(乙第一号証)に従い、各筆の宅地について評点数を付設し、当該評点数を評点一点当たりの価額に乗じて各筆ごとの土地の価額を求める方法によるものであるが、市街地的形態を有する土地については、「市街地宅地評価法」により、まず、(イ)宅地を商業地区、住宅地区、工業地区等に区分し、(ロ)当該各地区についてその状況が相当に相異する地域ごとに、その主要な街路に沿接する宅地のうちから標準宅地を選定し、(ハ)この標準宅地について、売買実例価額から適正な時価を求め、(ニ)標準宅地の時価に基づき該宅地に沿接する主要な街路に路線価を、また、標準宅地の時価に比準して主要な街路以外の街路に路線価を付設し、(ホ)この路線価を基礎として「画地計算法」により、各筆の宅地の評点数を付設するのであり、(ヘ)また、評点一点当りの価額は、宅地の指示平均価額に宅地の総地積を乗じ、これをその付設総評点数で除した額に基づいて市町村長が決定するのである。ところで、固定資産の価格とは、適正な時価を意味し(法三四一条五号参照)、もとより、客観的なものであつて、固定資産の所有目的のごとき所有者の主観的事情によつて左右されるべきものではない。したがつて、固定資産評価基準が、右のごとき要領によつて固定資産の客観的価格を算定することとしているのは、相当であるというべきである。

いま、原告所有地の価格の決定についていえば、原告所有地の地区区分は、普通住宅地であり、その評価の基礎となる標準宅地は、固定資産評価基準に基づいて定められた東京都固定資産評価事務取扱要領によつて荒川区町屋二丁目二一四番地と選定され、標準宅地の適正な時価は、荒川区町屋二丁目(二件)及び同三丁目地内(一件)における三件の売買実例価額を基準として、次のとおり三・三平方メートル当り二万九、八〇〇円と算定した。すなわち、第一売買実例地は、標準宅地より約五〇メートル離れていて、宅地条件や交通機関との近接条件等は全く同じであるが、面接通路の幅員の関係で、標準宅地の方が売買実例地より四パーセント程度劣るので、売買実例地の売買価額三・三平方メートル当り九万円ないし一〇万円から不正常な要素を控除し、かつ、固定資産評価の立場からみての減算を行なつた適正価額三・三平方メートル当り三万一、〇〇〇円の九六パーセントに当る二万九、八〇〇円と、また、第二の売買実例地については、当該土地の面する私道が行止りであつて、標準宅地の方が二五パーセント程度優位と認められるので、売買実例価額三・三平方メートル当り六万円ないし六万五、〇〇〇円から不正常な要素を控除し、かつ、固定資産評価の面からの減算を行なつた適正価額三・三平方メートル当り二万一、一二〇円の一、二五倍に当る金額に、さらに、街路条件についての優位率一、一三を乗じた二万九、八〇〇円と、第三の売買実例地については、交通機関への近接条件の点において標準宅地の方が売買実例地よりも四パーセント勝つているので、売買実例価額四万円から不正常な要素等を控除した適正な価額三・三平方メートル当り二万八、七〇〇円の一、〇四倍に当たる二万九、八〇〇円と算定した。

また、本件標準宅地に沿接する街路の路線価は、前記取扱要領により、本件標準宅地の三・三平方メートル当りの適正時価二万九、八〇〇円を画地係数一、〇四(奥行一〇〇パーセントと側方加算四パーセントの合計)で除して得た二万八、七〇〇円であるが、原告所有地に沿接する街路の路線価は、該街路の幅員が一間半(二・七二七メートル)であつて本件標準宅地に沿接する街路より約一間(一・八一八メートル)狭いので、二万七、六〇〇円と決定した。かくして、原告所有地に付設された三・三平方メートル当りの評点数は、二万七、六〇〇点であり、これに乗ずべき一点当りの価額は、固定資産評価基準に従い、次の算式によつて求められた一円である。

自治大臣の指示平均価額45.172円×評価総地積80.339.266/付設総評点3.629.092.930=1円

(四) 原告は、東京電力株式会社所有地や旭電化工業株式会社所有地の評価方法と比較して、原告所有地の評価方法の違法をいうのであるが、右各会社所有地は、いずれも、原告所有地から約八〇〇メートル離れたところにあり、その評価の基礎となつた路線価は、原告所有地の場合とは異なる標準宅地により決定されているのであるから、両者を比較すること自体が失当であるといわなければならない。さらに、この点を詳述すると、東京電力所有の荒川区東尾久一丁目二四六番地の一の土地の評価の基礎となつた路線価は、二万七、六〇〇円であるが、同土地は、袋地形状の土地であるため袋地補正(一五パーセント減)をしたうえで、三・三平方メートル当り評価額が二万三、四六〇円と決定されたものであり、右路線価付設のために選定された標準宅地は、荒川区荒川五丁目二九番の二の土地で、その三・三平方メートル当りの評価額は、三万二、二〇〇円である。また、旭電化工業所有の荒川区東尾久七丁目二、八五〇番の一ほか十数筆の土地の評価の基礎となつた路線価は、三万二、二〇〇円であるが、同土地は、その所在する地区が大工業地区に指定されているため、工場敷地となつている十数筆の土地は、各筆ごとに評価されずに全体が同一画地として評価され、奥行逓減等の考慮もなされていないので、その三・三平方メートル当りの評価が路線価と同じ額で三万二、二〇〇円と決定され、この場合の標準宅地は、荒川区町屋四丁目一、一九九番の五の土地で、その三・三平方メートル当りの評価額は、五万六〇〇円である。したがつて、右各会社所有地と原告所有地との価額を比較し、原告所有地の評価が租税公平負担の原則に違反するとする原告の主張は、失当である。

第四証拠関係<省略>

理由

地方税法の規定によれば、固定資産の価格は、市町村長(都にあつては都知事、以下同じ。)が、毎年、被告主張のごとき固定資産評価基準の定める複雑な方式、手順に従つて固定資産評価員の行つた評価に基づいて決定し(四一〇条、七三四条一項参照)、これを固定資産課税台帳に登録する(四一一条参照)のであるが、固定資産課税台帳に登録された価格について不服のある固定資産税の納税者は、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(四三二条一項参照)、その申出を受けた審査委員会は、必要と認める調査、審査申出人の提出に係る証拠の取調べ等を行なう(四三三条一項、七項参照)が、特に審査申出人の申請があるときは、特別の事情がある場合を除き、口頭審理の手続によらなければならず(同条二項参照)、口頭審理においては、審査申出人、市町村長又は固定資産評価員その他関係者の出席および証言を求めることができ(同条三項参照)、その手続は、公開しなければならず(同条六項参照)、また、固定資産評価審査委員会の決定に対しては、取消訴訟を提起することができる(四三四条一項参照)が、固定資産税賦課処分の取消訴訟において固定資産の価格ないし固定資産評価審査委員会の決定の違法を争うことは許されない(同条二項、四三二条三項参照)こととなつている。このように、法律が固定資産の評価について特に不服申立てを認め、また、固定資産評価審査委員会なる独立した第三者機関を設けてその審査に当たらせることとしているのは、固定資産の評価には、専門・技術的な知識、経験を必要とし、多分に主観的・恣意的な要素の加わる恐れがあるところから、納税者の権利・利益を保護するために、事後的にもせよ、また、その争訟の方法が限定されているとはいえ、評価の客観的合理性を担保させ、もつて、固定資産税の適正な賦課に遺憾なきを期せしめんとする趣旨に出たものであるというべく、なかでも、口頭審理の制度は、右の趣旨を徹底するため、審査申出人に対して手続参加の権利を与えたものであるが、口頭審理にあつて審査委員会が―自ら又は市町村長ないし固定資産評価員により―審査申出人に対し不服の限度に応じて評価の根拠・計算方法等価格決定の理由を明らかにすることは、審理の基礎的な要請であり、これによつてはじめて審査申出人をして法律上保障された攻撃・防禦の方法を尽さしめることが可能となるのであるから、審査申出人に対して価格決定の理由を示さずになされた審査決定は、固定資産課税台帳に登録された価格自体の適否如何にかかわらず、違法なものとしてその取消しを免かれないと解するのが相当である。

いま、本件についてこれをみるのに、被告委員会が原告の申請によつて口頭審理を行なつたことは、当事者間に争いがないが、所論土地の固定資産課税台帳に登録された価格についての原告の不服の理由が、審査申出の当初はともかくも、口頭審理の段階では、所論土地の面接する道路の幅員が六尺(一・八一八メートル)であつて自動車の通行は不能であり、そのうえ、建築制限も受けているので、評価にあたつてこれらの事情を斟酌しなかつたのが失当であるという点にあることが判明していたことは、被告の認めて争わないところである。しかるに、本件に現われた全資料をもつてしても、被告委員会が右の口頭審理にあたり、原告に対してその主張のごとき事情が所論土地の評価にあたつて斟酌されたかどうかを明確ならしめる限度において、その評価の根拠、方法等価格決定の理由を明らかにしたことを認めることができない。

されば、本件審査決定は、すでにこの点において取り消すべきであり、原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、原告は、地方税法の関係規定の違憲無効を主張しているが、裁判所に与えられた法令審査権は、当該法令の違憲かどうかを決定することが事案の解決のために必要とされる場合に、その必要とされる限度においてのみ行使すべきであるが、本件審査決定の取消しを求める原告の請求の理由あることは、前記説示のとおりであるから、違憲の主張については、敢えて判断を加えないこととした。

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